10423338_660480230700709_58030714_n.jpg


自己愛性人格障害・自己愛障害 一覧


前回の記事「自己愛的な人が感情を持たない冷酷な人間との印象を与えるのは誇大モードにある時だけ〜自己愛講座37」では、自己愛的な人が普段表向きに見せるナルシスティックな態度について紹介しました。
今回はその同じ人が抑うつモードになった時に見せる、まったく異なる態度について考察します。

抑うつモードでは「理想自己」を現実の自分と錯覚できなくなり無力感に襲われる

前回の記事にも書きましたように、自己愛的な人が誇大モードにある時には、頭の中で思い描いた理想的な自分の姿(理想自己)を、現実の自分そのものと錯覚しているため、自分一人で何でもできるとこれまた錯覚し、その結果人間関係を軽視しがちになります。

ところがその同じ自己愛的な人がひとたび抑うつモードに移行すると、万能的な理想自己を自分自身であると錯覚できなくなってしまいます。
もっとも、そのことで現実の自己像に気づくことができるのであれば、この変化はむしろ好ましいことでしょう。

ところが自己愛的な人は抑うつモードに移行すると、多くの場合誇大モードにある時と真逆の、今度は極端なネガティブ思考に陥ってしまいます。
典型的には、自信を完全に喪失無力感に襲われるため、自分が生きていても何の価値もない人間に思え(無価値感)、またこの先の人生にも絶望してしまいます。

このように万能感と無力感とを行き来するだけで、その中間のちょうど良い自己評価の水準に留まれないのが、自己愛的な人の生きづらさの一因となっていると考えられます。
またこの万能感と無力感との落差がさらに激しい状態になっているのが、境界性パーソナリティの方ではないかと想定されます。

抑うつモードでは他人からケアしてもらいたいとの強い欲求が生じる

また前述のような無力感や無価値感に襲われた時でも、自己愛的な人には、うつ病の人のような罪責感はあまり生じないため、死にたいとは思っても実際に自殺を試みる人は、うつ病の人に比べれば多くないと言われています。
(ただし皆無というわけでは決してありません)

このため自己愛的な人が抑うつモードに移行した場合は、その無力感や絶望感から非常に強い不安や心細さを感じ、その辛い状態から逃れるために他人のケアを求めたくなることがほとんどです。
こうして重症域にある人ほど、愛着に近いような非常に強い対人依存が生じます。
今すぐにでも誰かに優しくケアしてもらうことで不安を解消したいという即時的な欲求が生じるわけです。

コミュニケーションツールの発達により、抑うつモードにおける対人トラブルは減って来ていると推定

またこの自己愛的な人が抑うつモードに陥った時の強い対人依存は、まだインターネットが普及していない時代でしたら、深夜でも電話をかけて長時間慰めてもらうというような行動に結びついたため、すぐに問題視されてしまいました。

しかし現在はコミュニケーションツールが非常に発達しているため、これまでと比べれば他人の負担にならないような形で欲求を充足することが可能となり、その結果抑うつモードに陥るたびに不安から逃れるために他人を巻き込み対人トラブルとなるようなことは、以前と比べれば少なくなって来ているかもしれません。

以上のように自己愛的な人は、誇大モードにある時には「自分には他人の力など一切必要ない」というような自信に満ち溢れた態度を取っていても、ひとたび抑うつモードに陥ると、常に誰かとの関わりがないと不安かつ心細くて仕方がないというような弱々しい一面も有しているのが特徴です。


自己愛講座2~もう一つの自己愛的性格(隠れ自己愛)をはじめとしたこれまでの自己愛講座では、自己愛的な性格構造を有する人には誇大モード抑うつモードという非常に異なる心理状態が存在することを紹介してきました。
そこで今回と次回の自己愛講座では、自己愛的な人は感情面に関しても、やはり誇大モードと抑うつモードでは大きく異なる点について考察します。

なお今回は自己愛的な人が誇大モードにある時の感情面の特徴を取り上げます。
恐らく一般によく知られているのは、この誇大モードにある時の感情面の特徴と考えられます。

自己愛的な人の一般的な印象は冷酷、あるいは何を考えているのか分からない

自己愛性パーソナリティ障害の診断基準の各項目からも伝わってきますように、自己愛的な人は非常に冷酷であったり、あるいはロボットのように無表情なため何を考えているのか分からないという印象を与えることが多いようです。

誇大モードにある時の人間関係を軽視する態度が冷酷な印象を与える

ですが前述のような印象を与えている時の自己愛的な人の心理状態は、誇大モードにある時と考えられます。

誇大モードにある時の自己愛的な人は、理想自己と呼ばれる理想的な自己像に同一化し、その自己像を現実の自分自身そのものと錯覚しているため、いわば無敵の状態にあります。
無敵とは、限りない才能に恵まれているがために、何でも自分一人で実現できると思い込んでいるような心理状態です。

この誇大モードにある時は、何でも自分一人でできるように思えると同時に、「理想化-価値下げ」の防衛機制が自己愛的な症状を生み出す~自己愛講座8で取り上げた「理想化-価値下げ」の防衛機制の働きにより、他者が愚かな存在に思えて仕方がないため、自分にはまったく不要なものとして人間関係を非常に軽視するようになります。
そしてこの態度が、前述のよく知られた冷酷さを生み出しているのではないかと考えられます。

加えてこの冷酷な印象は、自己中心的ゆえの共感能力が乏しさから、他人の気持ちが分からないことでも生じています。

空想上の自己像へと関心が極度に集中した心理状態が、ロボットのように無表情な印象を与える

また自己愛的な人のもう1つの印象であるロボットのように無表情なため何を考えているのか分からないということも、やはり人間関係を軽視する態度から生まれていると考えられます。

上述のように誇大モードにある時の自己愛的な人は、この世で価値ある人間は限りない才能に恵まれた自分だけであり、他者は極言すれば生きている価値のない人間とみなされています。

そしてこのようにして見下された他者とは関わるだけ時間の無駄と思えるため、まったく無関心になります。
加えてその関心は、ナルキッソスの神話と同様、もっぱら理想化された自己像へと向けられることになります。

この空想上の自己像へと関心が極度に集中した心理的な引きこもり状態では、外部環境からの刺激に対しても心を動かされることがないため感情の表出が妨げられ、これがロボットのように無表情という印象を与えるのではないかと考えられます。

ですが今回述べたような特徴は、自己愛的な人があくまで誇大モードにある時のもので、これが抑うつモードに移行すると態度が別人のように一変してしまいます。
次回はそのまるで異なる抑うつモードにある時の感情面の特徴について考察する予定です。

補足)無表情で感情が感じられない印象は、現代型うつ・非定型うつなどと呼ばれる自己愛性のうつ状態の時にも例外的に生じますが、その時も様子もよく観察すると、誇大モードにある時の傍若無人の印象とは異なり、非常に弱々しい印象を受けるものです。


今回の記事はサイコパス(精神病質・反社会性パーソナリティ)と自己愛性パーソナリティとの共通点と相違点について考察します。
次回『きみが心に棲みついた』の星名のパーソナリティについて検証するための資料とするためです。

サイコパスという名称が意味することと、その名称の変化の経緯

まずサイコパス(psychopath)とはWikiにも書かれておりますように、日本語で精神病質と訳されるサイコパシー(psychopathy)的な性格を有する人のことを指す心理学用語で、精神病質者と訳されています。

これらの用語は、抗精神病薬が開発される前に生まれたもので、その当時は精神疾患を精神療法(心理療法)による治療が可能な神経症と、不可能な精神病とに分類していました。
後者に該当する精神疾患の典型が従来は精神病・精神分裂症などと呼ばれていた統合失調症で、当時は治療が不可能であることから、社会から隔離するように精神病院に閉じ込めておく措置が当然のように行われてもいました。

このような時代に、統合失調症のような妄想は生じていなくても、同じように重症であるため治療不可能とみなされた病態に付けられたのがサイコパシー(精神病質)という名称です。
ですからこの名称は、冷酷極まりない性格よりも治療不可能な点が強調されたものと言えます。

ただ従来用いられていた精神病・精神分裂症という用語が差別的であるという理由から統合失調症へと診断名が変更されたように、サイコパシー(精神病質)も現在は反社会性パーソナリティ障害(Antisocial personality disorder/ASPD)という診断名に変更されています。

サイコパス(反社会性パーソナリティ)と自己愛性パーソナリティとの比較

続いてサイコパス(反社会性パーソナリティ)の特徴を、自己愛性パーソナリティと比較しながら考察していきます。
なぜなら両パーソナリティには似た部分も多く、しばしば混同されるためです。

共通点〜冷酷・罪悪感の欠如・非共感的・支配欲求の強さ

サイコパス(反社会性パーソナリティ)と自己愛性パーソナリティに共通した印象は冷酷さ、それもとても人間とは思えない程のゾッとするような冷たさです。
両パーソナリティのこの印象は、共に他人の気持ちが理解できず(非共感的)、また罪の意識も乏しく、さらには他人を支配したがる傾向を有してもいるため、しばしば他人を平気で傷つけることがあるためです。

見た目の印象は似ていても、背後で働く心理は異なっている

しかしその見た目の印象がどれほど似通っていたとしても、背後で働いていると想定される心理には明確な違いがあります。

自己愛性パーソナリティは恥の感覚が非常に強いのに対して、サイコパス(反社会性パーソナリティ)はそれすら感じない

両パーソナリティを区別する最も明確な違いは恥の感覚の有無です。
自己愛性パーソナリティの人が常に恥をかかされることを恐れ他人の目を気にしているのに対して、サイコパス(反社会性パーソナリティ)の人は恥の感覚すら希薄なため傍若無人な印象を与えます。

ですからサイコパス(反社会性パーソナリティ)の人は冷酷そのものであるのに対して、自己愛性パーソナリティの人は注意深く観察すると、その表情からは冷たさと同時に恐れや不安のようなものも感じとることができます。
自己愛性パーソナリティの人は、どこか表情が引きつっているのです。

理想の高さの違い

またもう一つの両パーソナリティの大きな違いは善悪へのこだわりです。
自己愛性パーソナリティの人は、とてもそうは見えなかったとしても、当人は正義感に溢れ、誰からも好かれるような人物になりたいと願っています。
だたその思いが非常に独りよがりなものであるため、残念ながら望むような評価が得られないのです。

対してサイコパス(反社会性パーソナリティ)の人は他人の評価に無関心のため、自己愛性パーソナリティの人のような欲求を抱いてもいません。

両パーソナリティとも嘘をつくが、その動機は大きく異なる

両パーソナリティともしばしば嘘をつきますが、その動機は大きく異なると考えられています。

まずサイコパス(反社会性パーソナリティ)の人は他人を欺くために嘘を常用し、そのスキルは非常に高度なため、心理職に携わるような専門家でさえ容易に騙され、知らず知らずのうちに利用されてしまうことがよくあることが『パーソナリティ障害の診断と治療』で指摘されています。
このこともサイコパス(反社会性パーソナリティ)の心理療法が最も困難とされる一因と考えられます。
またサイコパス(反社会性パーソナリティ)のこの特徴を取り上げベストセラーとなったのが、M・スコット・ペック著『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』です。

それに対して自己愛性パーソナリティの人も嘘をつく傾向がありますが、そのほとんどは批判を避けるために咄嗟にその場を誤魔化すためであったり、あるいは見栄を張るためのことがほとんどです。

以上のようにサイコパス(反社会性パーソナリティ)の人の嘘は、他人をコントロールするための意図的な行為であるのに対して、自己愛性パーソナリティの人の嘘は咄嗟に反射的に行われるものであるため自覚がないことも多く、そのため自己愛性パーソナリティの人のつく嘘は自他共に虚言癖とみなされることがよくあります。

サイコパス(反社会性パーソナリティ)は万能的コントロール、自己愛性パーソナリティは「理想化-価値下げ」を多用する

続いて両パーソナリティは、多用する防衛機制についても差が見られます。

サイコパス(反社会性パーソナリティ)の人は、万能的コントロールと呼ばれる防衛機制を最も多く用います。
万能的コントロールとは力を行使することにより自尊感情の高まりを感じる心の働きで、サイコパスが快楽殺人者と称されることがあるのも、この防衛機制の働きによるものと考えられます。

対して自己愛性パーソナリティは「理想化-価値下げ」を多用します。
「理想化-価値下げ」とは自己愛講座8でも取り上げましたように、常に自分と他者とを比較して、その優劣に心を奪われており、自分の方が優位な立場に立とうとする心の働きで、その一手段として力が行使される場合もあります。

このように両パーソナリティとも力を行使する強い欲求を有しているため、この点がサイコパス(反社会性パーソナリティ)と自己愛性パーソナリティとの判別を難しくしています。

解離の有無

両パーソナリティの防衛機制に関するもう一つの顕著な違いは解離の有無です。
解離とは多重人格を生み出す防衛機制ですが、サイコパス(反社会性パーソナリティ)の人には解離性パーソナリティ障害の診断基準を満たすほどのものではないとはいえ、その傾向が見られます。

例えばそれはNHKBS1で放送されたBSドキュメンタリー「猟奇的犯人の素顔」に登場した複数のサイコパスの服役囚の「自分がどんなに変わりたいと願っても、自分の中の悪の部分がそれを許すはずがない。だからどんな治療も意味がない」旨のコメントに表れています。

養育環境においてサイコパス(反社会性パーソナリティ)には無関心、自己愛性パーソナリティには過干渉または過保護の傾向が見られる

また両パーソナリティには、そのパーソナリティを生み出す要因の1つである養育環境においても差があることが指摘されています。

サイコパス(反社会性パーソナリティ)の養育環境には極度に無関心な傾向が見られるのに対して、自己愛性パーソナリティの養育環境には過干渉と、それより頻度は遥かに少ないものの過保護のいずれかの傾向が見られます。

親の無関心がサイコパス(反社会性パーソナリティ)を生み出す作用機序

親の過干渉や過保護が自己愛性パーソナリティを生み出す作用機序については以前に「過干渉と過保護の違いと、それらが温床となる自己愛性パーソナリティのタイプの違い〜自己愛講座35」に記述したことがありますので、今回はサイコパス(反社会性パーソナリティ)の形成過程のみの説明に留めます。

発達心理学などの知見によれば、人間関係において最も辛いのは徹底的に無視されることであると考えられています。
これは裏を返せば、無視されることに比べれば暴力を振るわれている方がまだ精神的に楽という恐ろしい事態へと導かれることにもなります。

またそのような親でも、子供が悪さをした時だけは怒りを向けるという形で子供に関心を示すため、子供は悪事を働くことが親の関心を引く最も効果的な手段であることを学習することになります。

このような人間心理の特質により、親からほとんど関心を示してもらえなかった子供は、心を活性化するための(愛情ではなく)刺激に飢えていると同時に、暴力に対して過剰な価値を見出しているため、このような要因がサイコパス(反社会性パーソナリティ)の温床となるのではないかと考えられます。

このサイコパス(反社会性パーソナリティ)のあまりに過酷な養育環境を考えれば、たとえそれが親の自尊感情を高める手段として利用されるだけの扱いであったとしても、関わりが存在している分だけ自己愛性パーソナリティの養育環境の方がまだ健全と言えます。

犯罪を犯す確率の顕著な違い

続いてこれはパーソナリティの特徴が及ぼす事柄の違いというものですが、両パーソナリティには犯罪を犯す確率に顕著な違いが見られます。
参考文献の『パーソナリティ障害の診断と治療』によれば、刑務所に収監されている服役囚の実に9割がサイコパス(反社会性パーソナリティ)と想定されているそうです。
ということは自己愛性パーソナリティは滅多に犯罪を犯さないということになります。

この違いは両パーソナリティとも罪悪感が希薄でありながらも、サイコパス(反社会性パーソナリティ)が力の行使を渇望し、かつそれを阻む要因が何も存在しないのに対して、自己愛性パーソナリティは同じような欲求を有しながらも、同時に羞恥心も非常に強いため、犯罪者に対する世間の評価が脳裏をかすめ、すんでのところで思いとどまることができるからではないかと考えられます。

実際は両パーソナリティの特徴を併せ持つ人が多い

最後に、両パーソナリティは理論的には上述のような観点から区別は可能です。
しかし実際は両パーソナリティの特徴を併せ持っているケースが多いため、その区別は容易ではないと言われています。

以上、簡単にですがサイコパス(反社会性パーソナリティ)と自己愛性パーソナリティ共通点と相違点について考察しました。
次回はこれらの知見を踏まえて、ドラマ『きみが心に棲みついた』の星名のパーソナリティのタイプを検証してみたいと考えています。

サイコパス(反社会性パーソナリティ)・自己愛性パーソナリティの心理 参考文献

ナンシー・マックウィリアムズ著「パーソナリティ障害の診断と治療」、創元社、2005年
G.O. ギャバード著『精神力動的精神医学―その臨床実践「DSM‐4版」〈3〉臨床編 2軸障害』、岩崎学術出版社、1997年

このページの上部へ

カウンセラー プロフィール

田尻健二
保有資格:
産業カウンセラー
米国NLP協会TM認定NLPマスタープラクティショナー
プロフィール詳細


サイト内検索

最近のエントリー

  1. 自己愛的な人が抑うつモードの時は、不安や寂しさに圧倒され非常に強い対人依存が生じることがある〜自己愛講座38
  2. 自己愛的な人が感情を持たない冷酷な人間との印象を与えるのは誇大モードにある時だけ〜自己愛講座37
  3. 共依存的な関係にあるDVの被害者のニーズの1つは「加害者を変えたい」というもの
  4. 共依存的なDVの被害者は、関係を断つためには加害者の許可が必要と考えている人が多い〜ドラマ『きみが心に棲みついた』を例に
  5. 弁証法的行動療法におけるマインドフルネスと、一般に広まるリフレッシュ法としてのマインドフルネスとの比較
  6. 私説:リハネンが開発した弁証法的行動療法におけるマインドフルネスの技法と効果
  7. サイコパス(反社会性パーソナリティ)と自己愛性パーソナリティの共通点と相違点
  8. 境界性パーソナリティの人の、周囲の評価を二分する傾向〜ドラマ『きみが心に棲みついた』と私の実体験を例に
  9. 境界性パーソナリティと自己愛性パーソナリティの対人依存の特徴の違い〜ドラマ『きみが心に棲みついた』の主人公の心理を例に
  10. 境界性パーソナリティの「見捨てられ不安」の特徴〜ドラマ『きみが心に棲みついた』の主人公の心理を例に、自己愛性パーソナリティと比較

全ての記事一覧を見る

カテゴリ




このHPとは異なる情報をFBページにも投稿しておりますので、こちらもフォローしていただけますと嬉しいです↓

最近のピクチャ

  • マーシャ・M. リネハン著『弁証法的行動療法実践マニュアル』