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自己愛性人格障害・自己愛障害 一覧

女性アイドル刺傷、容疑者「プレゼント返され憤慨した」:朝日新聞デジタル

こちらは一昨日に起きた事件を報じる記事です。
記事にありますように、プレゼントをめぐって腹を立て相手の殺害を企てるなど、先日の私の記事「ドラマ「火の粉」に見る、自己愛的な人の特徴~贈り物好きで承認・賞賛欲求が非常に強い:自己愛講座21」とその動機が似ています。

今回は予定を変更しまして、若い頃の私もそうであったアイドルファンの心理の危険性について書かせていただきます。
初回の今回は問題とはならない、いわゆる健全なアイドルファンの心理状態についてです。

アイドルファンの心理は自己愛的なニーズ(理想化自己対象欲求)から生じる

まず最初にアイドルファンの心理が生じる要因についてですが、それは自己愛的なニーズから生じると考えられます。
私たち人間は様々な人やものを理想視しますが、その対象がアイドルである場合が、いわゆるアイドルファンの心理であると考えられます。
また理想視とは現実以上にその人やものを高く評価することを意味しますが、自己心理学ではそれを理想化自己対象欲求の働きによるものと考えます。

具体的には自己心理学では人間関係における最も重要な欲求を鏡映自己対象(承認欲求)と考え、その欲求が満たされない場合や、寂しさや心細さなどを感じているときに、それらの状態で生じる気分の落ち込みや不安などを鎮めるために誰かや何かを過剰に高く評価し、そのような素晴らしい存在がいる(ある)から自分は大丈夫と思って安心したいとのニーズ(理想化自己対象欲求)が働くと想定してます。

ですから理想化自己対象欲求が働いている状況では、その対象に対して多分に「自分を元気づけてくれるために、いつまでも素晴らしい存在であって欲しい」との救世主願望にも似た過剰な期待が存在していることになり、それゆえ本来他人であるアイドルの活躍を見ても、まるで自分のことのように気分が高揚するのですが、この過剰な期待が今回のような事件に発展する危険性を孕んでもいます。
またこの過剰な期待が理想化の対象となっている人が感じる目に見えないプレッシャーの正体とも考えられます。

※ただし自己心理学では理想化自己対象欲求自体は人間の本能的な欲求であることから、それ自体が病理的なわけではなく、それが過剰な場合に問題となると考えられています。

健全なアイドルファンの心には必ず葛藤が存在する

次にアイドルとそのファンの関係性に焦点を移します。
アイドルとそのファンとの間には、個々のやり取りの瞬間の中には「私とあなた」という二者関係が存在することもありますが、俯瞰的な視点からはアイドルとそのファンの人々を示す「私たちとあなた」という三者関係の成立をその前提としています。

ですから健全なアイドルファンの方は後者の三者関係の前提、つまり自分が多くのファンの一人に過ぎないことを自覚しており、それゆえどんなに大ファンであったとしても一定の自制心が働き節度を保って行動することができます。

しかし前節で述べましたように、そもそもアイドルファンの心理が、多分にネガティブな状態に陥っている状態の自分を救ってくれるために生じているわけですから、これは自分のためという点で明らかに一ファンの立場を逸脱した二者関係を希求したニーズです。
またこのような自己心理学の理論を持ち出すまでもなく、たとえそれが恋愛感情ではなかったとしても、非常に好ましい感情を抱いている人に対してもっと親密な関係になりたいとの思いが生じることは人間としてごく自然であることは想像に難くないと思われます。

その結果、アイドルファンの方には二者関係(個別的な関係)に移行したいニーズと、それを制止する精神分析用語で言えば「超自我」の働きとの間に、辛い葛藤が生じることになります。

そしてこの辛い葛藤状態に絶えながらアイドルを応援できる方が健全なアイドルファンといえ、一方この葛藤に耐えられないパーソナリティ障害水準以下の方が今回の事件のような問題を引き起こすと考えられます。

次回は後者の方々が引き起こす問題について詳述致します。

補足)期待値の高さという意味での理想化

今回の記事のアイドルが理想化自己対象として機能している旨の話は、アイドルに対して憧れの気持ちがある方には実感していただけるかもしれませんが、そうでない方には腑に落ちないでしょうから、その点について補足させていただきます。

ここでの理想化とは自分の期待に応えてくれるに違いないとの思いが、他の人との人間関係以上に強いという意味において、つまり期待値の高さという意味です。
そのためその期待が裏切られると、激しい恨みの感情が生じたりすることになります。

ファンはアイドルを心理的には自分の一部として体験している

ではなぜこのような過剰な期待が生じるのか?
それは理想化自己対象として機能している存在が、物理的には自分以外の存在ではあっても、心理的には自分の一部として体験されていると考えらるためです。

ですから、まるで自分のことのように嬉しく感じたり、あるいはその逆に思いどおりに振る舞ってくれないことへの不満が通常以上に強まったりすることになります。

意識の上ではアイドルために一生懸命に応援しているように思えても、実はその背後では何らかの意味で自分のために行動してくれることを強く願う心理が隠されている。
これがアイドルファンに限らず、誰かを理想化しているときに注意しなければならないことです。

以前に自己愛講座16171920を通して自己愛的な人がしばしば行う長時間にわたるお説教について書きましたが、今回はそのターゲットとなりやすい人の特徴を、より一般化した形で書きます。

他人に巻き込まれやすい人の典型はノーと言えない人

相手の行為が不快にもかかわらず、それを甘んじて受け入れ耐え忍ぶしかない状態になってしまう人の典型は、いわゆるノーと言えない人です。

冒頭のこれまでの自己愛講座で触れましたように、誇大モードにある時の自己愛的な人は相手の気持ちを察したり相手の立場に立って物事を考えることが苦手なため、自分の行為が相手の迷惑なっていることに気づくことが難しく、むしろ相手のためになっていると確信していることも少なくありません。
そうした錯覚に陥っている人を前にして迷惑であることを伝えることができなければ、その人は相手のためを思って、その迷惑行為を続けることになってしまうでしょう。

ノーと言えない人の典型は、誰からも嫌われたくないと思っている人

ではどんなに不快な状況でもノーと言えない人は、何を恐れてそうしているのでしょうか?
それはノーと言うことで相手が気分を害し、そのことで相手から嫌われる恐れです。
言葉を変えれば、誰からも嫌われたくないとの強い思いがあるということです。

人から嫌われることへの極度の不安の背後には「たちまち人を魅了してしまう」誇大的な理想像が隠されていることがある

またこの「誰からも嫌われたくない」との強い思いは、誰からも好かれるような素晴らしい人間になりたいとの思い(理想)の反映であることがあります。

昔、小さなわかいい女の子がいました。その子を見た人は誰でもその子が好きになりました(『初版グリム童話集1』P.136)。

グリム童話の「赤ずきん」は、このような書き出しで始まります。
見た瞬間に誰でも好きになるような人物とは相当魅力的な人でしょうが、人には好みというものがありますので、現実にはそこまで他人を魅了してしまう人など存在しません。
それにも関わらず、誰からも嫌われたくない思いの強い人の中には、しばしばそのような人が現実に存在し得ると考え、それゆえそのような人間になりたいと願い、あるいはそのような人に巡り合いたいと願う人がいらっしゃいます。

このように誰からも嫌われたくないという思いが強い人の心の中には、現実には存在し得ないほど魅力的な人物という、誇大的なイメージが潜んでいることがあります。
この場合、その誇大感がもたらすあまりに高い完璧主義的なハードルが、その人を苦しめていることになります。

こうした誰からも嫌われたくないという思いが強すぎて、それで苦しんでいる人には以前に著書を紹介したことのある岸見一郎さんが書かれている『嫌われる勇気』のような発想が必要と思われます。
それがとても勇気の要ることだとしてもです。

人間性への非常に高い理想は自己愛な人に共通した心理

また実はこうした人間性への非常に高い理想は自己愛な人に共通した心理でもあります。
どんなにナルシスティックで自己中心的な人でも、内心は限りなく素晴らしい人間になりたいと思っていて、しかし誇大感が強すぎるために自分が既にその域に達していると錯覚して前述のような態度になってしまっているだけなのです。
例えば以前の投稿の延々と続くお説教にしても、ご本人からすれば限りなく素晴らしい人間がそうではない人間を哀れに思い、慈悲の心から正しい道へと教え導く行為に他なりません。

同じように高い人間性を求めていても、その人が誇大モードにあるのか抑うつモードにあるのかによって、これだけ違う態度となって表れるのです。

次回はターゲットなりやすい人のもう一つのタイプについて掲載する予定です。

初版グリム童話集1

今回は一昨日も放送されておりました東海テレビ制作のドラマ「火の粉」(フジテレビ系列で放送)や私自身の過去の出来事を例に、自己愛的な人の贈り物好きなことや承認・賞賛欲求の強さについて書かせていただきます。

贈り物のネクタイを気に入ってくれないことに腹を立て相手一家を殺してしまう人物の物語

まず番組をご覧になっていらっしゃらない方のために、簡単にあらすじを説明させていただきますと、ユースケ・サンタマリアさん演じる主人公の武内が日頃お世話になっている知人にネクタイをプレゼントしたところ、自分が期待していたほどには気に入ってもらえなかったことで深く傷つき、その恨みから相手一家を殺害してしまい、その後も同じように周囲の人を巻き込んでいくという物語です。
また主人公はドラマの中で「自分の好意を無にした罪に比べれば、私の殺人など小さな罪だ」と話しています。

これだけ聞くとサイコパス(反社会性あるいは精神病質パーソナリティ)のように思われるかもしれませんが、私の見立てでは、殺人の動機が自己愛を傷つけられたことへの恨みであることから、かなり重症とはいえ主人公は自己愛性パーソナリティの人物と思われます。
もしサイコパスであれば、殺人その他の犯罪行為に対して異様なほどの興奮を覚えるため、もっと安易に犯罪を犯すと考えられるためです。このことがサイコパスが快楽殺人者と言われる所以です。

誕生日のプレゼントを喜んでもらえず、遅刻を非難されたことで傷ついた私

もっともドラマはあくまでフィクションですので、実例として私の過去の出来事も提示します。

デザイン職をしていた頃のことです。親しい知人の誕生日が近いと知り、当時習っていたカリグラフィーでバースデーカードを作ってプレゼントしようと考えました。
ところが習い始めたばかりのため、なかなか上手く作れず、とうとう約束の時間になってしまいました。
しかし妥協はしたくなかったので、自分が納得行くまで仕上げ、結局2時間近く遅刻して、その方の待っているカフェへ行きました。

それでも自信作でしたので、とても喜んでくれると期待していたのですが、その方の反応は遅刻への怒りだったため、私はとてもショックを受けました。
しかし遅刻はその人のためを思って一生懸命カード作りに励んだ結果に過ぎないことなのに、そのことをまったく理解してくれず、なぜ遅刻したことばかりを非難されるのか、私にはまったく理解できませんでした。
そこで何とか理解してもらおうと自分の想いを伝え続けたところ根負けしたのでしょうか、最後にはお礼を言ってくれ私は満足しました。

ドラマ「火の粉」の主人公と私の行為から観察される自己愛的な人の特徴

上述のドラマ「火の粉」の主人公と私の行為からは、自己愛的な人の次のような共通の特徴を窺い知ることができます。

贈り物をすれば無条件に感謝されるとの思い込み

両者の共通点は、贈り物をすれば相手から無条件に感謝されると思い込んでいることです。
ですから予想外の反応にショックを受け、武内の場合は心を傷つけられた恨みから殺害にまで至ってしまいました。
武内は相手にも好みがあるということや、度を超えたプレゼント攻勢はかえって不快となることなどが、私は贈り物のためなら何をやっても大目に見てもらえるわけではないことを理解できなかったのです。

共感能力の欠如

上述の思い込みの件は、自分が大切だと思っていることは当然相手も同じように思っていると錯覚しているとも言え、その意味で両者には自分と他人とは異なる存在であり、それゆえ相手の立場に立って物事を考える、いわゆる共感能力が欠如していることを示しています。

承認・賞賛欲求が非常に高い

また贈り物への感謝の、もはや強要に近い期待振りは、自分の贈り物の価値を認めてもらいたい、それもできるだけ高くという意味で、承認欲求や賞賛欲求が非常に高いと考えられます。
その意味で自覚されているのは「相手のためを思って」のことでも、背後に自分の素晴らしい価値を『白雪姫』に登場する鏡のように常に写し返してくれる鏡映自己対象欲求に基づいたものであることが窺えます。

ですから両者にとってプレゼントが歓迎されなかったことは、自分の価値(存在価値)が否定されたことに等しく、それゆえショックを受けてしまったわけです。

自分の自尊心のためゆえのプレゼント攻勢

また贈り物の目的が実は自分の承認・賞賛欲求を満たすためであり、それと同時に相手の都合を考える共感能力も乏しいため、それはもっぱら自分の都合(欲求)に応じてなされることとなり、それゆえ武内のような会うたびに贈り物をするプレゼント攻勢のようにもなりがちです。
歯止めがかかるとすれば経済的・時間的な制約くらいではないでしょうか。

もっとも承認・賞賛欲求の満たす手段は他にもありますので自己愛的な人すべてが贈り物好きというわけではないでしょうが、自己愛講座1の自己愛性パーソナリティの定義で示しましたように、自己愛的な性格構造の人は生きる上で必要な自尊心をもっぱら他人からの肯定的な評価に頼る傾向がありますので、承認・賞賛欲求自体は必然的に高くなりがちです。

今回は両者の共通点として、贈り物好きである点と、その背後に働いていると考えられる承認・賞賛欲求の高さを取り上げましたが、次回は「両者の違い」について書かせていただく予定です。

追伸)今回の記事の批判の対象となっているのは贈り物をすること自体ではなく、それが相手の都合にお構いなく行われる点であったり、その行為にあまりに高い価値が置かれるあまり、他のことが些細なこととされてしまう点などです。

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カウンセラー プロフィール

田尻健二
保有資格:
産業カウンセラー
米国NLP協会TM認定NLPマスタープラクティショナー
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