10423338_660480230700709_58030714_n.jpg


自己愛性人格障害・自己愛障害 一覧

前回の「空虚感から意識を逸らすために常に何かしていないと落ち着かない~自己愛講座26」の中で、自己愛的な人はストレスを避けるために「とにかく何でも良いから、何かしていないと落ち着かない」旨のことを書きましたが、これはあくまで解釈で、実際に自覚される感覚は必ずしも「とにかく何でも良いから」とは限らず、むしろ特定のことに興味が、ただし急に湧くケースもあります。
そしてこれが今回述べる飽きっぽい性格の一因となっていると考えられます。

なお、今回の内容は主に回避性パーソナリティ障害の診断項目が当てはまるような抑うつ型の自己愛性パーソナリティの人に言えることで、自己愛性パーソナリティ障害の診断項目が当てはまる誇大型の人には的外れなケースが多々あります。

急に「生き甲斐」を見つけた感覚に襲われる

私自身もかつて頻繁に経験したことですが、特に抑うつ型の自己愛性パーソナリティの人は、あるとき急に特定の事柄に無性に興味が湧くことがあります。
しかもその関心の度合いは非常に強く、ちょうど前回の記事の「とにかく何でも良いからしていたい」状態と同じような、居ても立っても居られない感覚に襲われることも少なくないため、多少お金がかかるようなものであっても、検討するまもなく飛びつき、それに没頭することが少なくありません。

これは今までの不満足な人生をすべて帳消しにくれるほどの力を持つ、長い間探し求めていた生き甲斐をとうとう見つけたような感覚に襲われるためです。

趣味がすぐに「天職」へと昇華する

しかもその関心事は趣味の段階をすぐに通り越して天職へと昇華するため、そのための先行投資を惜しまない人も少なくありません。
これは既に述べましたように、いずれ近いうちにこれまでの辛い人生をすべて帳消しにくれるほどのバラ色の人生が待っているのですから、今はどんなにお金がかかったとしても十分に元が取れように思えるためです。

耐え難いほど憂鬱な気分の時には「理想化-価値下げ」の働きにより、関心事が天職にまで高められる

これらのあるとき急に特定の事柄に無性に興味が湧き、それが瞬く間に天職にまで価値が高められてしまうことも、私の専門の自己愛の心理の働きによるものと考えられます。
加えて今回のような非常に極端なケースに陥るのは、前回述べた空虚感の前駆症状である「何もすることが無くて落ち着かなくなる」状態よりもさらに深刻な、耐え難いほどの憂鬱な気分の状態にある時と想定されます。

以前に「理想化-価値下げ」の防衛機制が自己愛的な症状を生み出す~自己愛講座8にも書きましたように、誇大型、抑うつ型の違いを問わず、自己愛的な性格傾向の人は「理想化-価値下げ」と呼ばれる防衛機制の働きにより、常に自分を他人と比較し、どちらが優れているのかということに非常にナーバスになっていますので、自分が憂鬱な気分の状態にある時には、その対比として必然的に誰かや何かが過度に理想化されることになります。

しかもその憂鬱な気分が深刻であればあるほど、そのような危機的な状態にある自分をすぐにでも救い出してくれる存在を必要としますので、その理想化はますます激しいものとなります。
この救世主願望の働きにより、これまで多少興味があった程度のことが急に素晴らしいものに思えて来て、さらにそれが天職にまで高められてしまうのではないかと考えられます。

憂鬱な気分の解消に伴い、救世主役の関心事は用済みとなる

しかしその関心事も下駄を履かされたゆえに高い価値を有していたに過ぎません。
そのため生き甲斐を見つけた喜びにより憂鬱な気分が解消するに伴い、その救世主役とされていた関心事は用済みとなり、下駄を外され元の評価に逆戻りしてしまいます。
これが特に抑うつ型の自己愛的な人の、熱しやすく冷めやすい飽きっぽい性格を生み出しているのではないかと考えられます。

昨日、写真家のHPの記事で自己愛的な性格傾向の人の特徴について少し触れましたので、その特徴についてもう少し詳しく書きます。

自己愛的な人は辛い空虚感から意識を逸らすために常に何かしていないと落ち着かない

リンク先にも書きましたように自己愛的な人は「自分は無価値な存在」という中核的な恐れを抱えていると想定されていますが、この恐れは専門的には空虚感と呼ばれる感覚から生じると考えられています。

空虚感とは文字どおり、心の中が空っぽで何もかもが虚しく感じられる感覚のことで、この感覚は非常に辛いものであるため直接自覚されることは滅多になく、通常はその前駆症状として理由もなくイライラしたり落ち着かなくなります。
この前駆症状は強い不安を伴うほどのものではありませんが、前駆症状であるためにそのまま放置しておけばより深刻な空虚感へと進展しかねないため、それを防ぐために何でも良いから何かしたい欲求に駆られるのではないかと考えられます。

こうして何でも良いから何かすることで、空っぽだった心が埋まり一時的にせよ空虚感から脱することができるため、これが自己愛的な人が常に何かし続ける衝動に駆られる要因ではないかと考えられます。

イライラして落ち着かない理由はよく分からないことが多い

またこのイライラして落ち着かない症状は、その理由が分からないことがほとんどです。
これはこの症状が空虚感という別のより深刻な症状を防ぐための二次的な症状であるためで、逆にもし理由が定かであればそれは空虚感を感じてしまっていることになり、それは次に述べる境界性パーソナリティ障害のような大変深刻な状態となってしまいます。
ですからそれ自体は不快なことかもしれませんが、理由が分からないことが守りになっているのです。

空虚感はより重症な境界性パーソナリティ障害の中核的な症状でもある

また空虚感は境界性パーソナリティ障害の中核的な症状とも考えられています。

※境界性パーソナリティ障害は境界性人格障害、ボーダーライン、ボーダー、BPDとも言われます。

境界性パーソナリティ障害はDSMなどの診断基準では自己愛性パーソナリティ障害とは別のパーソナリティ障害に区分されていますように、一般的には別の性格と考えられているようですが、私はより重症域の障害、つまり自己愛性パーソナリティ障害がさらに悪化した状態と考えています。

その理由は境界性パーソナリティ障害と診断された相談者の方に例外なく、これまで自己愛講座で書いてきたような特徴が見られること、およびそれらの説明をすると相談者の方が腑に落ちることが多いこと、さらにその特徴である症状が非常に激しいものであることなどからです。

このため自己愛性パーソナリティ障害の診断がつく程度の自己愛障害の人まででは、心の防衛機能がそれなりに機能しているために深刻な空虚感が直接知覚されることは滅多にないのに対して、より重症で防衛機能が損なわれてしまっている境界性パーソナリティ障害の人では、その深刻な空虚感を頻繁に感じてしまうのではないかと考えらえます。

今回の自己愛講座で取り上げる自己愛の病理は、タイプは「抑うつ型」、病態水準はかなり重症で精神病水準に近いパーソナリティ障害水準に該当するものです。
また今回の内容は重症ゆえにほとんど無自覚、つまりたとえどんなに意図的に思えたとしても当事者の方にその自覚は皆無に近いことを留意していただけますでしょうか。

毎回不満を募らせながらも、なぜか足しげく来店するお客さん

よく利用するカフェに不思議な行動を取る方がいらっしゃいます。
このカフェは繁華街に位置する人気のカフェチェーン店のため大変混んでおり、満席で座れないことも少なくありません。
そのためその方も同じ憂き目に遭うのですが、その度に不満を顕わにし店員さんが詫びるということが毎回のように繰り返されています。
またその方の態度が非常に威圧的なため、他のお客さんも少なからず不快に感じているようです。

仮にそのカフェのことを気に入っていたとしてもチェーン店なのですから他のもっと空いている店舗を利用すれば良いのにと思いますが、その方はなぜか毎日のようにこの店舗に来店し、そしてお決まりのように腹を立てるのです。

自分は被害者なのに、なぜ譲歩しなければならないのか?

実はこの方と似たようなことを、若い頃の私は頻繁に行っていました。
ですから仮に同じような心理が働いているのだとすれば、この方の行動は次のように解釈することができます。

まず店が混んでいて座れないのは、誰の責任でしょうか?
少なくても自分の責任ではないはずです。
だとすれば自分は被害者です。

次に何かトラブルがある際に、それを解決する責任は被害者と加害者のどちらにあるでしょう。
恐らく加害者の側でしょうし、少なくても被害者ではないでしょう。
だとすれば被害者である自分が、なぜ別の店を利用するという譲歩を強いられなければならないのでしょうか?
何とかしなければならないのは自分に嫌な思いをさせた店側の人間ではないのでしょうか?

補足)ちなみに、この程度のことで「譲歩させられる」と感じるのは「理想化-価値下げ」の防衛機制の働きにより、対人関係の優劣に非常に過敏になり、常に「どちらが上か」ということに心を奪われているためと考えられます。
参考ページ:「理想化-価値下げ」の防衛機制が自己愛的な症状を生み出す~自己愛講座8

あくまで推測ですが、これが毎回不愉快な思いをしながらも、それでもその行動を決して変えようとはしない理由の一つと考えられます。

このように自分が被害者であることにあまりに固執し、他のことが一切ないがしろにされると、そのことが原因でさらなる不利益を被ることになります。
しかもそれに対しても、やはり「自分は被害者なのだから」というスタンスで物事が解釈されますので延々と負のスパイラルが続き、その結果ますます自分が不幸な人間に思えてきます。

この負のスパイラルから抜け出すためには、その不愉快な状態を生み出しているのは自分自身でもあることを自覚し、問題となっている行動を変化させることですが、特に重症域の自己愛障害の人にとって、これは簡単なことではありません。
次回はその理由について書かせていただく予定です。

このページの上部へ

カウンセラー プロフィール

田尻健二
保有資格:
産業カウンセラー
米国NLP協会TM認定NLPマスタープラクティショナー
プロフィール詳細


サイト内検索

カテゴリ




このHPとは異なる情報をFBページにも投稿しておりますので、こちらもフォローしていただけますと嬉しいです↓

最近のピクチャ

  • カール・グスタフ・ユング著『ユング自伝 1―思い出・夢・思想』
  • 初版グリム童話集1