10423338_660480230700709_58030714_n.jpg


間主観性心理学 一覧


投影という防衛機制への疑問 目次:

投影とは?
投影の典型例-被害妄想と理想化
投影性同一視(投影同一視)への疑問
投影への疑問
間主観性心理学の関係性(対人関係)理論からみた投影への疑問
心理カウンセリング・自己分析の知見による投影への疑問
投影解釈の心理カウンセリングへの悪影響
心理カウンセラーの逆転移の防衛としての投影性同一視(投影同一視)

投影とは?

投影とは精神分析や臨床心理学などでクライエントさんの心理的プロセスの説明に使われる防衛機制の概念の一つです。
具体的には自分の心理的側面の一部分を別の対象(他人や物・特定の価値観など)に置き換えることにより、自分の心理的側面の一部分をあたかもその対象が「本当に持っているかのように」錯覚する心理プロセスを指します。

またこの投影のプロセスは無意識の心理レベルで行われるため、クライエントさんは自らの錯覚に気づくことができず、心理カウンセラーなどの心の専門家による解釈によって初めて自身の錯覚に気づくことができると考えられています。



投影の典型例-被害妄想と理想化:

投影の典型的な例としては被害妄想理想化とがあります。

被害妄想とは一般に広く知られているように、自身の否定的な心理的側面を相手に投影することで「まったく根拠のない」被害感情を持つとされる心理的プロセスです。

一方の理想化は被害妄想とは逆に、自身の肯定的な心理的側面を相手に投影する心理的プロセスで、この場合相手がどんなに否定しても「何事にも謙遜を忘れることのない素晴らしく謙虚な人物」としてどこまでも賞賛され続けることになると考えられています。



投影性同一視(投影同一視)への疑問:

この投影に似たというよりも、より原始的、ゆえに病的な防衛機制に投影性同一視(投影同一視)があります。

投影性同一視(投影同一視)とは自身が投影する心理的側面どおりに振舞うように強引に相手を操作しようと試みる心理的プロセスで、この場合でも防衛機制の無意識性ゆえに、クライエントさんは自身が相手を操作していることに「まったく気づいていない」と考えられています。
また投影性同一視(投影同一視)は境界性人格障害(ボーダーライン)のクライエントさんに顕著に見られる防衛機制とされています。

ただこの投影性同一視(投影同一視)の理論的説明については疑問が残ります。
なぜなら「自身が投影する心理的側面どおりに振舞うように強引に相手を操作しようと試みる」ためには少なくても自分が投影しようとしていることを自覚している必要があると考えられます。投影のプロセスが上手く働いていないことに気づいているからこそ、相手を強引に操作しようとの動機が生じるはずなのです。
もし投影のプロセスが正しく働き完全な錯覚が生じているのだとしたら、あえて相手を強引に操作する必要などないはずです。

しかし投影性同一視(投影同一視)のプロセスが投影の「自覚」のもとに行われるものだと仮定いたしますと、今度は防衛機制の定義である無意識性の条件に反してしまいます。
このように考えますと投影性同一視(投影同一視)には理論的に無理があるように思えます。



投影への疑問:

では投影の理論の方には、まったく問題がないのでしょうか? 現在の私の答えはノーです。

ここで「現在の」と断っているのは、以前の私は投影の心理的プロセスを「無条件に正しいもの」と確信していたためです。

※ただし「相手も自分と同じように考えたり感じたりしているに違いない」との思い込みから生じる投影についてはこの限りではありません。
関連ブログ:作成中

(このようにお考えの心理カウンセラーの方も少なくないと思われますが)かつての私は「周囲の人の態度は「すべて」自分の心理を反映している可能性があり、そのように考え自己分析することは非常に役に立つ」と信じていました。
つまり目の前に見える光景のすべては投影という防衛機制により歪められた「幻想」であり、世界は自分の心理状態を鏡のように映し出したものに過ぎないというわけです。

ただ、このような考えは少し考えてみれば馬鹿げた考えであることが分かります。
たとえば目の前で見ず知らずの人々が激しい口論をしているのを見かけたとします。そしてこの光景が投影の心理的プロセスの産物であると仮定しますと、次のように解釈することができます。

目の前の人々は「本当は」和やかに談笑しているのかもしれない。しかし投影の働きにより自分の攻撃的な感情が「相手の状態とは無関係に」映し出されることで現実が歪められ、あたかも目の前の人々が「本当に」激しい口論をしているように見える。

これが投影という防衛機制で想定されている現実の歪曲です。



間主観性心理学の関係性(対人関係)理論からみた投影への疑問:

しかしこのような現実の歪曲が本当に起こり得るのでしょうか? これはもう幻覚と呼ぶべき心理状態なのではないでしょうか?

おそらく目の前の人々が激しく口論しているように見えるのは(少なくともその人にとっては)激しい口論に見えるような状況を「実際に」目にしたためと考える方が妥当なのではないでしょうか?

このように対人関係を互いの関係性(お互いに心理的影響を与え合う関係)という「しごく妥当な観点」から考察し心理カウンセリングに役立てる理論の一つがコフートの自己心理学の流れを汲む間主観性心理学であり、現在私がもっとも精神疾患の治療やクライエントさんの心理の理解に有効と考えている心理学(精神分析)理論です。

間主観性心理学の理論では、すべての対人関係は互いの心理的影響の下に成り立っていると考えられ、したがって投影に見られるような相手からの心理的影響(先の例では会話の様子から受ける印象)を「一切」受けずに成立する対人関係などというものは起こりえないとされます。

余談ですが私は間主観性心理学の関係性(対人関係)理論の妥当性を、今は亡き父を看病する母の様子から確証するに至りました。
関連ブログ:関係性(間主観性)による人格障害・性格態度の相対性と関係性障害



心理カウンセリング・自己分析の知見による投影への疑問:

上述のクライン派や対象関係論で想定されている投影の防衛機制に対する疑問は間主観性心理学の理論や常識的な考えのみから生じたわけではありません。投影の考えに対する疑問は心理カウンセリング夢分析そして自己分析の知見からも生じました。

これまでの心理カウンセリングや夢分析の中で(投影についてよくご存知の方が「これは投影です」と解釈するのは別として*)クライエントさんから投影の作用を示唆するような洞察(たとえば「私は自分が怒りを感じていることに耐えられなかったので、相手の方が怒りを感じていることにしてしまったんです」というような洞察)をお聞きしたことは一度もありません。
またそのような症例を記載した文献を目にしたこともありません。

*通常、感情を伴うような深い洞察(情緒的洞察)の際には、クライエントご自身の言葉が使われるものであり、投影に限らず他の心理学の専門用語が使われることはありません。
このことは自己分析についても当てはまります。なぜなら、たとえ心理学の知識を持っていたとしても、そのような専門用語を用いたのでは極めて個人的な心理のニュアンスを説明することができないためです。

さらに私自身、今日まで250回以上の自己分析を自由連想法で行ってきましたが**(後付けで投影と解釈することはあっても)投影の働きを示唆するような連想は一度も浮かんできたことがありません。

なおこれについては、投影とは防衛機制という無意識のプロセスなのだからクライエントさんや自己分析の最中の私が意識できないのは当たり前と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、もしそうであれば他の防衛機制も等しく自覚されないはずですが、現実には例えば(幼児的)万能感・理想化・否認・(感情の)隔離・合理化などの防衛機制は自由連想法の中でも割と頻繁に連想されます。
(定義上、自由連想法とは無意識を意識に浮かび上がらせるための心理療法ですから、これはむしろ当然のことです。)

**関連ブログ:抑うつ型自己愛性人格の心理カウンセラーの自己分析・自己治療の記録



投影解釈の心理カウンセリングへの悪影響:

このように心理カウンセラーをはじめとした治療者による解釈においてのみ存在し、クライエントさんや自身の自己分析で行う自由連想法では一度も目にしたことのない(クライン派や対象関係論で想定されている)投影という防衛機制は、解釈に過ぎない可能性を持つだけでなく、その解釈(治療者による投影の解釈)が心理カウンセリングの場において反治療的に作用する可能性さえあるように思えます。

少し前の考察で投影のプロセスが常識的にはまるで幻覚のように思えると述べましたが、幻覚という言葉の持つ一般的なイメージを考慮すれば、投影の解釈を与えることは暗に「あなたは幻覚に惑わされているだけです」言葉を変えれば「あなたは幻覚を見るほど重症の精神疾患です」と伝えているに等しく、これはいたずらにクライエントさんの不安を助長し、また自己感を曖昧にしかねない*治療行為と考えられます。

間主観性心理学の理論を援用すれば、クライエントさんに伝えるべきは、治療者の想像の産物に過ぎない可能性さえある投影の防衛機制による解釈ではなく、対人関係の特性(互いの影響)を加味した解釈、つまりそれが治療者も含めた他者の何らかの影響により生じたということではないでしょうか?

*自己感とは自己認識に似た概念ですが、自分の考えや感じ方が幻覚妄想に過ぎないと知れば、自分で自分がまったく信じられなくなります。これは精神が崩壊しかねない恐ろしい心理状態です。



心理カウンセラーの逆転移の防衛としての投影性同一視(投影同一視):

最後に投影、特に投影性同一視(投影同一視)が心理カウンセラーの逆転移の防衛のために利用される可能性について考察します。

精神分析、特にクライン派や対象関係論の文献を読まれた方でしたら「心理カウンセラー(精神分析家)の逆転移はクライエントの投影性同一視(投影同一視)により生じたもの」というような文章を目にすることがあったと思われますが、この考えは次のような前提の下に成立しています。

・精神分析などの厳しいトレーニングを受け、また教育分析や自己分析により自身の心を完全に分析し尽くしている心理カウンセラーは、クライエントのどんな話や態度にも心を乱されることはなく、したがって常にニュートラルな心理状態を保つことができる。
・また心理カウンセラーは心の専門家としての能力から、クライエント以上にクライエントの心理を知り尽くしている。

つまり完璧な心理状態を常に保っていると推測される心理カウンセラーの心に、心理カウンセラーの個人的な要因から逆転移や個人駅な感情*が生じるとは考えにくいため、もしそのような現象が起きたのだとすれば、それはクライエントの何らかの心理的プロセスによって引き起こされたものとしか考えられない。
そして心理カウンセラーは心の専門家にして完璧な心理状態の持ち主ゆえに、その「事実」に気づくことができる。

*逆転移には大きく分けて「心理カウンセリングに悪影響を及ぼす心理カウンセラーの個人的な感情や、そこからもたらされる思考」と「心理カウンセラーの心に生じる文字通りすべての感情」との二つの定義があります。

しかし投影のこの前提には次のような疑問が生じます。
「そのように完璧な心の持ち主であるはずの心理カウンセラーが、なぜ意図も簡単にクライエントさんに心を操作されてしまうのでしょうか?」
これは大きな疑問です…

投影性同一視(投影同一視)がこのような文脈で使われるときには、心理カウンセラーの完璧さや正しさを常に証明するため、言葉を変えれば心理カウンセラーの心に生じてしまった(実は)逆転移を防衛するために都合よく利用されているような気がしてなりません。

対人関係の特質(相互作用性)を無視した、常にクライエントさんにのみ原因を押し付けるような治療態度はアンフェアのように思えます。

…などと偉そうに色々と書いてきましたが、私自身の心理カウンセリングを振り返ってみますと、逆転移を起こしているだけでなく、そのことに心理カウンセリングが中断してしまうまでまったく気づかなかったことが多々あります^^;
逆転移の自己洞察は「言うは易し、行うは難し」で今でも大きな課題です(T_T)

防衛機制 心理学的解説本

心理カウンセラーの逆転移 解説本

自己心理学の新たな潮流-間主観性心理学 解説本
個人的には丸田俊彦氏の著書が分かりやすくオススメです☆


サイコドラマとは?

サイコドラマとはモレノという人が開発した集団心理療法で心理劇とも呼ばれます。
具体的にはクライエントの抱えている心理的な問題、特に対人関係の悩みに対して、ワークショップの参加者にそれぞれの役柄を演じてもらい、その場に状況を再現することで洞察を促します。

サイコドラマとゲシュタルト療法の違い:

イメージ療法の一つであるゲシュタルト療法との比較でいえば、ゲシュタルト療法のエンプティチェア(空の椅子)ではクライエント自身が座る椅子を変えながらそれぞれの役柄を順番に演じていくのに対して、サイコドラマではワークショップの参加者がそれぞれの役割を分担して演じることで演劇(心理劇)のようなスタイルとなります。

またサイコドラマではクライエントが心理劇に加わらず、他の参加者が演じる心理劇を観察するスタイルがとられることもありますが、ゲシュタルト療法ではあくまでクライエント本人がそれぞれの役柄を演じることが基本です。

間主観性心理学によるサイコドラマ再考:

私はこのサイコドラマを、夢を利用した心理カウンセリング(夢分析)のトレーニングの場で教わりましたが、当時は参加者がそれぞれの役柄を演じることでクライエントの直面している対人関係問題の状況が「本当に再現される」と信じていました。

しかしその後、心理カウンセリングや夢分析に間主観性心理学(間主観性に重点を置いた自己心理学)の治療理論を取り入れるようになってからは、当時抱いてた考えに疑問を持つようになりました。

間主観性における関係性(対人関係)の理解:

間主観性心理学の理論では、人と人とが出会う対人関係において何らかの心理的影響がお互いに生じることは避けられず、その影響には個人の心理的な属性(性格・価値観など)が色濃く反映されていると考えられています。

このため間主観性心理学の治療理論では、クライエントが語る話や心理カウンセラーに示す態度は純粋にクライエントの心の世界(精神世界)を表したものとはいえず、それはクライエント-心理カウンセラー間の関係性(対人関係)から生じたものであり、したがってクライエントの話や態度は心理カウンセラーの言動や態度・醸し出す雰囲気の影響を受けた結果生じたものであると考えます。

サイコドラマはクライエントの問題状況をそのまま再現するものではない:

この間主観性心理学の関係性(対人関係)の理論からすれば、サイコドラマで演じられる心理劇がクライエントを悩ませている対人関係の状況を純粋に再現したものでないことは明らかです。
個人カウンセリングにおける心理カウンセラーがそうであったように、サイコドラマの参加者も役柄を演じることで(どんなに上手く演じたとしても)自身の個人的属性を表出せざるを得ません。

その結果サイコドラマで演じられた心理劇は役柄を演じた参加者それぞれの個人的属性に脚色されたものとなるため、もはやクライエント個人の精神世界における対人関係(対象関係)を反映したものとはいえなくなります。

サイコドラマの治療の成否を左右するのは参加者の共感的態度:

ではサイコドラマの治療の成否の鍵を握るのは何でしょうか?

おそらく治療が成功に終わったサイコドラマでは、役柄を演じた参加者の方々がおおむね治療的に振舞った、言葉を変えればクライエントから「自分の気持ちに共感して演じてくれている」ように見え、さらには心理劇を周囲から見守る観客の態度も共感的に感じられた、ということなのだと推測されます。

参加者の方々が自分のために一生懸命に、しかも共感的に演じてくれる。さらにファシリテーターも含めた周囲の方々もこれまた共感的に見守ってくれる、このような心温まる雰囲気を体験することで傷ついたクライエントの自尊心が高められる。これがサイコドラマの治療効果の真髄のように思えます。

サイコドラマによる治療において大事なのは心理劇の内容からもたらされる知的洞察ではなく、ワークショップの参加者の受容的・共感的な態度からもたらされる自尊心や自己肯定感の高まり。私にはそのように思えてなりません。

モレノほか、サイコドラマ解説本

自己心理学の新たな潮流-間主観性心理学 解説本
個人的には丸田俊彦氏の著書が分かりやすくオススメです☆

このページの上部へ

カウンセラー プロフィール

田尻健二
保有資格:
産業カウンセラー
米国NLP協会TM認定NLPマスタープラクティショナー
プロフィール詳細


サイト内検索

最近のエントリー

  1. 自己愛的な人が感情を持たない冷酷な人間との印象を与えるのは誇大モードにある時だけ〜自己愛講座37
  2. 共依存的な関係にあるDVの被害者のニーズの1つは「加害者を変えたい」というもの
  3. 共依存的なDVの被害者は、関係を断つためには加害者の許可が必要と考えている人が多い〜ドラマ『きみが心に棲みついた』を例に
  4. 弁証法的行動療法におけるマインドフルネスと、一般に広まるリフレッシュ法としてのマインドフルネスとの比較
  5. 私説:リハネンが開発した弁証法的行動療法におけるマインドフルネスの技法と効果
  6. サイコパス(反社会性パーソナリティ)と自己愛性パーソナリティの共通点と相違点
  7. 境界性パーソナリティの人の、周囲の評価を二分する傾向〜ドラマ『きみが心に棲みついた』と私の実体験を例に
  8. 境界性パーソナリティと自己愛性パーソナリティの対人依存の特徴の違い〜ドラマ『きみが心に棲みついた』の主人公の心理を例に
  9. 境界性パーソナリティの「見捨てられ不安」の特徴〜ドラマ『きみが心に棲みついた』の主人公の心理を例に、自己愛性パーソナリティと比較
  10. スプリッティングは衝動的な行動や絶対服従的な態度を誘発してしまう〜『きみが心に棲みついた』の主人公の心理を例に

全ての記事一覧を見る

カテゴリ




このHPとは異なる情報をFBページにも投稿しておりますので、こちらもフォローしていただけますと嬉しいです↓

最近のピクチャ

  • マーシャ・M. リネハン著『弁証法的行動療法実践マニュアル』