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時事問題の心理学 一覧


少し前にNHKで放送された「クローズアップ現代+」で、今「君たちはどう生きるか」という戦前に書かれた小説や、それを元にした漫画が大ヒットしていることを知りました。
ですが私はこの放送を見ながら、同書に巷の評判とはまったく違ったことを感じました。

「君たちはどう生きるか」に感銘を受けて「考え方」が変わったこと(だけ)を力説する人々

番組では著名人を含め様々な人々が「君たちはどう生きるか」の内容に感銘を受け、自分の考え方がいかに大きく変わったのかを力説されていましたが、私が懸念を抱いたのは、この部分でした。

もちろん考え方が建設的な方向に変化するのは大変好ましいことです。
ですがそれだけでは不十分なのです。
人生の変化とは、考え方の変化そのものによってではなく、その変化した考えに基づいた行動の変化によって初めてもたらされるものなのです。

この点、番組に登場した方々のコメントがいずれも「考え方」の変化に留まり、行動の変化にまで言及した方はいらっしゃらなかったことが、私にはとても気になりました。

一時的になら考えの変化は頻繁に起きている

実は恒久的なものではなく一時的なレベルのものでしたら、考えはむしろ頻繁に変化しています。

例えば何かで失敗したり、あるいは自分の至らなさを自覚した際などに「明日から心を入れ替えて頑張ろう」と誓ったことなどが、これまで何度もあったかと思います。
しかし翌日になると「やっぱり面倒臭い」と思い、せっかくの昨日の誓いが実行に移されることがないことも、同じように経験されて来たのではないでしょうか。

この場合、前日に確かに考えが変化しました。しかし翌日それを実行に移さなかったため、恐らく普段とあまり変わりない生活を送ることになったのではないかと考えられます。

強烈な高揚感が「自分はまったく新しい人間に生まれ変わった」と錯覚させる

このように自分を建設的な方向に向かわせようと考える行為は日常的に行われているにもかかわらず、それに類する作用をもたらす「君たちはどう生きるか」が百万部を超えるヒットとなったのはなぜでしょう。
それは恐らく普段の頑張ろうと思った時に感じられる高揚した気分が、この種の本では非常に強く感じられるためではないかと考えられます。

そして、この強烈な高揚感は本だけでなく、心理系のセミナーなどにおいても頻繁に経験されます。
私自身もカウンセラーになる前から心理学に興味を持ち、こうしたセミナーに数多く参加していましたが、講師の話や巧みなテクニックに基づくワークなどを体験することで洞察を得る度に、まるで自分がまったく新しい人間に生まれ変わったかのように感じられるため、セミナー終了後しばらくは、この上ない幸福感に包まれました。
しかし不思議なことに、数日も経つと至福のひと時がすっかり消え失せ、またいつもの幸せには程遠い感覚が蘇っているのです。

こうなってしまったのも、これまでの説明からご理解いただけると思いますが、当時の私が単に洞察がもたらす高揚した気分に浸っているだけで、それを何も実践しなかったためです。

このワークショップの経験と、今回番組に登場した方々の興奮気味に考え方の変化を語る様子とがダブって見えて仕方がないのです。

もちろん実はこの方々の中には、行動まで変化させた人がいるかもしれません。
しかし少なくても番組内容にそれは反映されておらず、その結果「考え方の変化」がもたらす効果ばかりが強調されるものとなっていたように思えます。

次回は「君たちはどう生きるか」のような本や心理系のワークショップがもたらす強烈な高揚感の秘密を探って見たいと考えています。


若い人の悩みに関する複数の言説

正月にNHKで、新世代が解く!ニッポンのジレンマ元日SP「"根拠なき不安"を越えて」という番組を見ました。

番組タイトルにある根拠なき不安とは、番組内容を見る限り、理由が定かではないような漠然とした悩みを抱える若い人が多いことを示しているようですが、番組を見ていて感じたのは、ゲストの国際政治学者の三浦瑠麗さんも「混同」と指摘していたように、個人的な悩みと社会の問題との境界が非常に曖昧で、社会全体の問題をまるで自分の悩みのように感じ、鬱々とした気分になっているような人が見受けられたことです。

また数日前に読んだBRUTUSの「危険な読書」の特集号では、知人が自分の価値観では扱いきれないことまで受け入れてしまう人が多いことを指摘していました。

誰もが等しく社会情勢の影響を受けるわけではなく、実際は個人差が非常に大きい

これらの若い人の悩みに関する言説や臨床経験などから感じられることは、マスメディアやネットなどに流布する社会情勢の情報を、ご自身の人生とリンクさせ過ぎている人が多いことです。

確かに私たちの人生は少なからず社会情勢の影響を受けています。
ですがそれに関する統計データや言説などは、社会全体の平均値や傾向を示しているに過ぎず、実際は個人差も非常に大きいものです。

例えばバブルと呼ばれた好景気の時代には、誰もがその恩恵を受け豪勢な生活を送れたわけではありませんし、また就職氷河期と呼ばれた時代も、誰一人として希望する企業や仕事に就けなかったわけでもありません。
ですからバブル期や就職氷河期についての言説は、言われているようなことに当てはまる人が連年に比べて多かったことを示しているに過ぎません。

この事実から言えることは、社会情勢の変化と個々人の人生は、必ずしも連動していないということです。
ですが冒頭で紹介したように、それをあたかも密接にリンクしているかのように錯覚しているため、社会情勢の変化に一喜一憂する人が少なくないようです。

私たちには社会情勢に抵抗し、自分の人生を自分で形作る能力がある

確かに世の中の出来事に関心を持つこと自体は大切なことですし、人生に有益なこともあるでしょう。
しかしそれも認識の仕方次第であり、社会と自分とを同一視するような考え方は、社会情勢が好転しない限り幸せな人生を送ることはできないというような考えに至ってしまいます。

この考え方が問題なのは、社会情勢というものが簡単には変化せず、また自分一人の力ではどうなるものでもない、さらには予測不可能なことが多いことです。
このため、そのような操作不可能かつ予測不可能なものにご自身の人生を重ね合わせるような考え方は、得てして不安や絶望しか生み出しません。

ですから大切なことは社会に関心を持ちつつも、それを自分自身の事柄と混同しないことです。

また私たちは社会情勢に、ただただ翻弄されるだけの存在ではありません。その力に抵抗し自分の人生を自分で形作る能力を有した存在でもあります。
いつもそれが功を奏するわけではないとしてもです。
しかしその能力は、使わなければ退化してしまう代物でもあります。


今『先に生まれただけの僕』という日テレのドラマを見ています。
とても面白いドラマですが、先週の第2話にスクールカーストの話が出て来ました。

今回はこのスクールカーストが生じる要因について、個人の心理に焦点を当てて考察します。

スクールカーストとは

まずスクールカーストとは、学校内で形成される暗黙の序列を指す用語です。
序列自体は社会の至る所に存在しますが、スクールカーストが一般的な序列と異なるのは、その序列が主に人気度を指標としていることと、カーストという言葉が示すように、その差が「身分の違い」と言えるほど、当事者にとって修正不可能な程の絶対的な違いとして感じられていることです。

スクールカーストは自然発生するものではない

このスクールカーストについて調べてみると、よく生徒の間に自然発生する旨の説明を目にします。
この自然発生という用語が、厳密にどのような意味で使われているのかは定かではありませんが、少なくても私は、個々人の意思とまったく関係なく生じるものではなく、因果関係を特定し得ないだけで、あくまでその集団に属する生徒個々人の心理が生み出す集団心理の表れと考えています。

スクールカーストの背後には生徒個々人の「他人との優劣」に心を奪われた自己愛の病理が存在

では、どのような個々人の心理がスクールカーストを生み出すのか?
それには私の専門領域の自己愛の病理が大きく関係していると考えられます。

以前に「理想化-価値下げ」の防衛機制が自己愛的な症状を生み出す~自己愛講座8いじめの背後に働く羨望の存在~自己愛講座30でも少し触れましたように、病理的な自己愛に侵されている人には、常に自分と他人とを比較し、その優劣に心を奪われているという特徴があります。

なぜなら、このような特徴を有する人には、自分の方が上と感じられる時には優越感という自己愛的な人にとってはこの上なく幸せな気分に浸れる反面、自分の方が下と感じると途端に自尊感情が著しく、それもしばしば生きている価値さえないというレベルにまで低下してしまうという、天と地ほどの差を味わうため、他者との優劣に敏感にならざるを得ないという事情があるためです。

そしてこのような他者との優劣に非常に敏感な生徒が数多く存在するクラスや学校では、スクールカーストという序列の概念が生み出され、かつ広く共有されるのではないかと考えられます。

絶対視することで序列に圧倒的な力が備わる

またその序列がカーストという身分制度に例えられるほどの厳しい格差となるのは、それを生み出した生徒個々人の序列を絶対視する、つまり過剰なまでに価値を置いている心理の反映と考えられます。

そうでなければ法律のような拘束力もない、また明文化されてもいないため内容が曖昧なはずの暗黙の序列が、社会問題として取り上げられるほどの力を持つはずがないのです。

次回はこうした自己愛的な生徒がスクールカーストという序列を絶対視する要因について考察する予定です。

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カウンセラー プロフィール

田尻健二
保有資格:
産業カウンセラー
米国NLP協会TM認定NLPマスタープラクティショナー
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