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犯罪心理学 一覧


今回の記事はサイコパス(精神病質・反社会性パーソナリティ)と自己愛性パーソナリティとの共通点と相違点について考察します。
次回『きみが心に棲みついた』の星名のパーソナリティについて検証するための資料とするためです。

サイコパスという名称が意味することと、その名称の変化の経緯

まずサイコパス(psychopath)とはWikiにも書かれておりますように、日本語で精神病質と訳されるサイコパシー(psychopathy)的な性格を有する人のことを指す心理学用語で、精神病質者と訳されています。

これらの用語は、抗精神病薬が開発される前に生まれたもので、その当時は精神疾患を精神療法(心理療法)による治療が可能な神経症と、不可能な精神病とに分類していました。
後者に該当する精神疾患の典型が従来は精神病・精神分裂症などと呼ばれていた統合失調症で、当時は治療が不可能であることから、社会から隔離するように精神病院に閉じ込めておく措置が当然のように行われてもいました。

このような時代に、統合失調症のような妄想は生じていなくても、同じように重症であるため治療不可能とみなされた病態に付けられたのがサイコパシー(精神病質)という名称です。
ですからこの名称は、冷酷極まりない性格よりも治療不可能な点が強調されたものと言えます。

ただ従来用いられていた精神病・精神分裂症という用語が差別的であるという理由から統合失調症へと診断名が変更されたように、サイコパシー(精神病質)も現在は反社会性パーソナリティ障害(Antisocial personality disorder/ASPD)という診断名に変更されています。

サイコパス(反社会性パーソナリティ)と自己愛性パーソナリティとの比較

続いてサイコパス(反社会性パーソナリティ)の特徴を、自己愛性パーソナリティと比較しながら考察していきます。
なぜなら両パーソナリティには似た部分も多く、しばしば混同されるためです。

共通点〜冷酷・罪悪感の欠如・非共感的・支配欲求の強さ

サイコパス(反社会性パーソナリティ)と自己愛性パーソナリティに共通した印象は冷酷さ、それもとても人間とは思えない程のゾッとするような冷たさです。
両パーソナリティのこの印象は、共に他人の気持ちが理解できず(非共感的)、また罪の意識も乏しく、さらには他人を支配したがる傾向を有してもいるため、しばしば他人を平気で傷つけることがあるためです。

見た目の印象は似ていても、背後で働く心理は異なっている

しかしその見た目の印象がどれほど似通っていたとしても、背後で働いていると想定される心理には明確な違いがあります。

自己愛性パーソナリティは恥の感覚が非常に強いのに対して、サイコパス(反社会性パーソナリティ)はそれすら感じない

両パーソナリティを区別する最も明確な違いは恥の感覚の有無です。
自己愛性パーソナリティの人が常に恥をかかされることを恐れ他人の目を気にしているのに対して、サイコパス(反社会性パーソナリティ)の人は恥の感覚すら希薄なため傍若無人な印象を与えます。

ですからサイコパス(反社会性パーソナリティ)の人は冷酷そのものであるのに対して、自己愛性パーソナリティの人は注意深く観察すると、その表情からは冷たさと同時に恐れや不安のようなものも感じとることができます。
自己愛性パーソナリティの人は、どこか表情が引きつっているのです。

理想の高さの違い

またもう一つの両パーソナリティの大きな違いは善悪へのこだわりです。
自己愛性パーソナリティの人は、とてもそうは見えなかったとしても、当人は正義感に溢れ、誰からも好かれるような人物になりたいと願っています。
だたその思いが非常に独りよがりなものであるため、残念ながら望むような評価が得られないのです。

対してサイコパス(反社会性パーソナリティ)の人は他人の評価に無関心のため、自己愛性パーソナリティの人のような欲求を抱いてもいません。

両パーソナリティとも嘘をつくが、その動機は大きく異なる

両パーソナリティともしばしば嘘をつきますが、その動機は大きく異なると考えられています。

まずサイコパス(反社会性パーソナリティ)の人は他人を欺くために嘘を常用し、そのスキルは非常に高度なため、心理職に携わるような専門家でさえ容易に騙され、知らず知らずのうちに利用されてしまうことがよくあることが『パーソナリティ障害の診断と治療』で指摘されています。
このこともサイコパス(反社会性パーソナリティ)の心理療法が最も困難とされる一因と考えられます。
またサイコパス(反社会性パーソナリティ)のこの特徴を取り上げベストセラーとなったのが、M・スコット・ペック著『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』です。

それに対して自己愛性パーソナリティの人も嘘をつく傾向がありますが、そのほとんどは批判を避けるために咄嗟にその場を誤魔化すためであったり、あるいは見栄を張るためのことがほとんどです。

以上のようにサイコパス(反社会性パーソナリティ)の人の嘘は、他人をコントロールするための意図的な行為であるのに対して、自己愛性パーソナリティの人の嘘は咄嗟に反射的に行われるものであるため自覚がないことも多く、そのため自己愛性パーソナリティの人のつく嘘は自他共に虚言癖とみなされることがよくあります。

サイコパス(反社会性パーソナリティ)は万能的コントロール、自己愛性パーソナリティは「理想化-価値下げ」を多用する

続いて両パーソナリティは、多用する防衛機制についても差が見られます。

サイコパス(反社会性パーソナリティ)の人は、万能的コントロールと呼ばれる防衛機制を最も多く用います。
万能的コントロールとは力を行使することにより自尊感情の高まりを感じる心の働きで、サイコパスが快楽殺人者と称されることがあるのも、この防衛機制の働きによるものと考えられます。

対して自己愛性パーソナリティは「理想化-価値下げ」を多用します。
「理想化-価値下げ」とは自己愛講座8でも取り上げましたように、常に自分と他者とを比較して、その優劣に心を奪われており、自分の方が優位な立場に立とうとする心の働きで、その一手段として力が行使される場合もあります。

このように両パーソナリティとも力を行使する強い欲求を有しているため、この点がサイコパス(反社会性パーソナリティ)と自己愛性パーソナリティとの判別を難しくしています。

解離の有無

両パーソナリティの防衛機制に関するもう一つの顕著な違いは解離の有無です。
解離とは多重人格を生み出す防衛機制ですが、サイコパス(反社会性パーソナリティ)の人には解離性パーソナリティ障害の診断基準を満たすほどのものではないとはいえ、その傾向が見られます。

例えばそれはNHKBS1で放送されたBSドキュメンタリー「猟奇的犯人の素顔」に登場した複数のサイコパスの服役囚の「自分がどんなに変わりたいと願っても、自分の中の悪の部分がそれを許すはずがない。だからどんな治療も意味がない」旨のコメントに表れています。

養育環境においてサイコパス(反社会性パーソナリティ)には無関心、自己愛性パーソナリティには過干渉または過保護の傾向が見られる

また両パーソナリティには、そのパーソナリティを生み出す要因の1つである養育環境においても差があることが指摘されています。

サイコパス(反社会性パーソナリティ)の養育環境には極度に無関心な傾向が見られるのに対して、自己愛性パーソナリティの養育環境には過干渉と、それより頻度は遥かに少ないものの過保護のいずれかの傾向が見られます。

親の無関心がサイコパス(反社会性パーソナリティ)を生み出す作用機序

親の過干渉や過保護が自己愛性パーソナリティを生み出す作用機序については以前に「過干渉と過保護の違いと、それらが温床となる自己愛性パーソナリティのタイプの違い〜自己愛講座35」に記述したことがありますので、今回はサイコパス(反社会性パーソナリティ)の形成過程のみの説明に留めます。

発達心理学などの知見によれば、人間関係において最も辛いのは徹底的に無視されることであると考えられています。
これは裏を返せば、無視されることに比べれば暴力を振るわれている方がまだ精神的に楽という恐ろしい事態へと導かれることにもなります。

またそのような親でも、子供が悪さをした時だけは怒りを向けるという形で子供に関心を示すため、子供は悪事を働くことが親の関心を引く最も効果的な手段であることを学習することになります。

このような人間心理の特質により、親からほとんど関心を示してもらえなかった子供は、心を活性化するための(愛情ではなく)刺激に飢えていると同時に、暴力に対して過剰な価値を見出しているため、このような要因がサイコパス(反社会性パーソナリティ)の温床となるのではないかと考えられます。

このサイコパス(反社会性パーソナリティ)のあまりに過酷な養育環境を考えれば、たとえそれが親の自尊感情を高める手段として利用されるだけの扱いであったとしても、関わりが存在している分だけ自己愛性パーソナリティの養育環境の方がまだ健全と言えます。

犯罪を犯す確率の顕著な違い

続いてこれはパーソナリティの特徴が及ぼす事柄の違いというものですが、両パーソナリティには犯罪を犯す確率に顕著な違いが見られます。
参考文献の『パーソナリティ障害の診断と治療』によれば、刑務所に収監されている服役囚の実に9割がサイコパス(反社会性パーソナリティ)と想定されているそうです。
ということは自己愛性パーソナリティは滅多に犯罪を犯さないということになります。

この違いは両パーソナリティとも罪悪感が希薄でありながらも、サイコパス(反社会性パーソナリティ)が力の行使を渇望し、かつそれを阻む要因が何も存在しないのに対して、自己愛性パーソナリティは同じような欲求を有しながらも、同時に羞恥心も非常に強いため、犯罪者に対する世間の評価が脳裏をかすめ、すんでのところで思いとどまることができるからではないかと考えられます。

実際は両パーソナリティの特徴を併せ持つ人が多い

最後に、両パーソナリティは理論的には上述のような観点から区別は可能です。
しかし実際は両パーソナリティの特徴を併せ持っているケースが多いため、その区別は容易ではないと言われています。

以上、簡単にですがサイコパス(反社会性パーソナリティ)と自己愛性パーソナリティ共通点と相違点について考察しました。
次回はこれらの知見を踏まえて、ドラマ『きみが心に棲みついた』の星名のパーソナリティのタイプを検証してみたいと考えています。

サイコパス(反社会性パーソナリティ)・自己愛性パーソナリティの心理 参考文献

ナンシー・マックウィリアムズ著「パーソナリティ障害の診断と治療」、創元社、2005年
G.O. ギャバード著『精神力動的精神医学―その臨床実践「DSM‐4版」〈3〉臨床編 2軸障害』、岩崎学術出版社、1997年


私の専門領域は自己愛およびその障害(自己愛障害)ですが、少し前に『社会学になにができるか』を読んだことの影響もあって、最近はジェンダーにも関心を寄せています。

そうした中で、少し前にマスメディアで盛んに報道されていた高畑裕太氏の強姦事件の記事を目にしました。
高畑裕太氏の報道めぐる、5つの「強姦神話」とは? 被害者支援のカウンセラーが指摘

この記事は同事件に対するマスメディアや世間の反応への強姦神話(広く普及する強姦に関する的外れな見解)の影響を指摘するものですが、その神話のいくつかにはジェンダー論の考察対象の1つである性欲に関する一般的な見解が影響を与えているように思えましたので、今回はその点についてまとめます。

注)ただし同事件に関しては私はまったくの部外者ですし法律の専門家でもありませんので、事件そのものに関しての言及はしません。

性欲に関わる2つの強姦神話

今回の考察の対象となる強姦神話は次の2つです。

・強姦とは「いきなり襲われる」ものだ
・強姦では「好みのタイプ」を襲う

それに対して同記事は、1つめの強姦神話に関しては強姦事件の約20%は顔見知りによる犯行であることと、成人による強姦では6割以上が計画的な犯行であること、2つめに関しては「好みのタイプ」を選定理由とする犯行は僅か12%であり、大多数は犯行に及んでも訴えられる可能性が低いと推測される人物をターゲットに選んでいるという客観的なデータを示すことで、いずれも的外れな考えであるとしています。

2つの強姦神話を支える自然科学の性欲本能説

このように誤りを示す客観的なデータが存在するにもかかわらず、それでもこの2つの神話が一般的なイメージとして広く普及しているのには、強姦とは性欲がもたらす行為であり、その性欲とは人間の本能とも言える欲求であるとの考えが影響しているように思えます。

日本では医師などの専門家による、専門的な情報を提供する場での「性欲は食欲・睡眠欲と並ぶ本能的な欲求の1つである」「だから性欲を感じることはとても健康的なことであり、それを感じないことは不健康なことである」旨の発言が今でもしばしば行われています。
またこの性欲の本能性に関しては種の保存のために必要な「すべての生物に備わった本能」としてもよく知られています。

もしこれらの自然科学の分野の仮説が正しければ、性行為とはヒトという種の保存のために生まれつき備わった、かつ食欲や睡眠欲と等しく抑えがたい欲求である性欲によって行われるものということになると思われます。
そしてそれゆえ強姦とは、好みのタイプの人を見かけた途端に抑えようのない性欲を感じて衝動的に行われるものであるとの考えに結びついているのではないかと考えられます。

データは強姦が本能的(衝動的)な欲求ではなく、思考に基づく意図的な行為であることを示している

ですが強姦がそのようなものではないことは前述のデータから明らかです。
なぜならそれらのデータは、過半数があらかじめ計画されたものであることから、強姦が本能によるものではなく、むしろ思考に基づく意図的な行為であることを示していると考えられるためです。

さらには、そうなると2つの強姦神話を支える自然科学の「性欲本能説」自体も疑わしいものとなってきます。
そんな馬鹿なことと思われるかもしれませんが、実は人文科学の分野には性欲を本能的なものではないと考えた人が以前から存在していたようです。

次回はその先駆的な存在であるミシェル・フーコーの理論と共に、私自身の性欲本能説への疑問について掲載する予定です。


今回は「健全なアイドルファンの心には必ず葛藤が存在する~自己愛講座23」の続編として、重症域の自己愛障害の人がファンであった場合の特徴について書かせていただきます。

ファンの逸脱行動の典型例~一方的な恋愛感情を抱きストーカー行為を繰り返す

今回のストーカー事件の容疑者もその一人ですが、お気に入りのアイドルに対して一方的な恋愛感情を抱きストーカー行為を繰り返すファンが少なからずいます。
そして、こうしたケースが重症域の自己愛障害の人が引き起こす問題行動の典型例と思われます。

同じ相手がその都度、聖母マリア様にも悪魔にも変化する

以前に「理想化-価値下げ」の防衛機制が自己愛的な症状を生み出す~自己愛講座8にも書きましたように、自己愛的な性格構造の人は人間関係において常に自分と他人を比較し、その優劣に心を奪われる傾向があります。
そしてこの傾向は重症化するにしたがって、その優劣の差がより極端な形を取るようになって行きます。

具体的には小見出しにもありますように、理想化されているときには自分のことを無条件に受け入れ望みを何でも叶えてくれる聖母マリア様のような優しい存在に思えるために過剰な期待を寄せ、その反対に価値下げされているときは微塵も存在価値のない、むしろ世の中の害にしかならない悪魔のような存在にまで貶められ、それゆえ殺したって構わないというように、同じ人の印象がその時々のその人の態度によって両極端に変化してしまいます。

ですから今回の事件の容疑者がこの水準の自己愛障害を患っていると考えれば、気に入ってくれると信じて疑わなかった腕時計などのプレゼントを送り返されれば、殺意が芽生えても不思議はないと思われます。
(但しプレゼントの返却は容疑者の希望であったそうですので矛盾していますが、その矛盾についての解釈は後述の「スプリッティング」の章で解説します)

さらにこの急変は、通常では考えられないほどの些細な相手の態度の変化によってもたらされる可能性があります。
そのため思いを寄せられている方は、ある時はベタ褒めされたり、あるいは頼みごとを懇願されたかと思えば、次の瞬間には徹底的にこき下ろされ、しかもその理由が思い当たらないためにすっかり混乱し、かつ終始その評価の激しい上下動に晒され続けるため、精神的にすっかり消耗してしまいます。

ですからこのような一貫性のない評価に晒され、それに翻弄される感覚を味わうようなら、たとえ犯罪にまで至らなかったとしても精神的に多大な損害を被ることになりますので要注意です。

スプリッティングが生じているため、話に一貫性が感じられなくなる

この水準の自己愛障害の人のもう一つの特徴は、話が支離滅裂で一貫性が感じられないことです。
冒頭のリンク先の記事には書かれていませんが、プレゼントを送り返したのは容疑者本人の要求に応じたものだったそうです。
だとすれば自分で要求したにも関わらず、送り返してきた理由を問い質し、その受け応えが要領を得なかったのでカッとなって殺そうと思ったというのは理にかないません。
ですから恐らく容疑者の心にはスプリッティングと呼ばれる防衛機制も働いているのではないかと考えられます。

スプリッティングとは、典型的には心の中が自分にとって好ましい部分と忌み嫌う部分とに真っ二つに分断され、一方が意識されているときには他方は意識から完全に排除されることから、この防衛機制が働くとすべてが好ましい楽園のような状態と、その対極のすべてが忌まわしい悪夢のような状態とを行ったり来たりするだけで、その中間のほど良い状態が存在しなくなってしまいます。
このため前節の聖母マリア様と悪魔という両極端の相手の印象の形成にも、このスプリッティングが関与していると考えられます。

ストレス耐性を著しく欠くため、衝動のコントロールが困難

また前述のスプリッティングは矛盾した状態から生じる葛藤がもたらすストレスに耐えられないことから生じると考えられています。

例えば今回のテーマに即して言えば、重症域の自己愛障害の人は、この世に完璧な人間などいないにも拘らず、上述の「理想化-価値下げ」の防衛機制の働きによって過剰な期待を抱きがちになるため、頻繁にその期待を裏切られることになります。
この場合でも健全な人であれば、どんな人にも好ましい点とそうではない点があり、それゆえ時には不快な思いをすることを渋々でも受け入れるのですが、重症域の自己愛障害の人は同じ人間が多様な面を見せる矛盾に耐えられないのです。

そのため、その矛盾を解消するために、相手が心地良い態度を示せば、それがその人のすべてと思い込み、それに矛盾することはすべて意識の外に締め出され、相手がその反対の態度を示せば今度は逆の作用が生じるのではないかと考えられます。

またストレス耐性を著しく欠くと衝動のコントロールが難しく、それゆえすぐに行動化してしまいがちになります。
さらにそのことに加えて前述のように相手の印象が「完璧に素晴らしい人」と「害にしかならない人」とに二分されてしまっていますので、前者の場合には過剰な期待を伴う依存状態を、後者の場合は激しい恨みを生じさせることになります。

罪悪感と共感能力の欠如がもたらす無邪気さ

また重症域の自己愛障害の人の全般的な印象として「幼さ」を挙げることができます。それも乳幼児レベルの幼さです。
体格も知識も大人なのに、それでもまるで赤ん坊のように感じられて仕方がないのです。

私もまさに昔はそうでしたが、重症域の自己愛障害の人はどうしてそんなに酷いことを言ったりしたりすることが平気でできるのかと信じられないほど、まったく無邪気に人を傷つけます
これは恐らく罪悪感や共感能力がほとんど育っていないためと考えれます。

そしてそのような様子を見て相手の人は「嫌がらせでも何でもなく、この人は本当に何も分かっていないんだ...」「だから何を言っても無駄なんだ...」ということを悟り、怒りよりも憐れみを感じるようになり、そうなれば毅然とした態度を取ることが難しくなり、むしろ罪悪感に駆られる場面が増えて行きます。
そうして、どんどん巻き込まれて行くのです。
これは健全な人であれば、大人に対してと同じように赤ちゃんに対して怒りを向けることなど、気が咎めてできないためです。

重症域の自己愛障害の人が犯罪を犯す確率はごく僅か

最後に重症であっても自己愛障害の人が犯罪を犯す確率は決して高くないそうです。
これは大半の人は殺意などが芽生え、かつ自己抑制があまり利かなかったとしても、法で裁かれるなどの行動化したのちの様々な不利益のことが頭を過るため、ギリギリのところで思い留まることができるためではないかと考えられています。

その意味で今回のストーカー事件の容疑者は、その抑止力さえ働かなったという意味で精神病水準に近かったのではないかと考えられます。
(その後のニュースによれば、責任能力に疑いがもたれ精神鑑定が申請されたようです)

現実よりも「空想」の方を正しいと考えることから生じる思い込みの強さ

ニュースでも報じられていましたが、今回のストーカー事件の容疑者は、被害者の方からほとんど無視されていたにもかかわず結婚を望んでいたそうです。
なぜこのような強い思い込みが生じるのか、それは精神分析医の小此木啓吾さんが『自己愛人間』の中で「イリュージョン(幻想)の中で生きる人」と形容しているように、特に重症域の自己愛障害の人は、頭の中の空想の方を正しいと考えるため、ほとんど相手にされていないという自分にとって都合が悪い現実は、何かの間違いとして無視されるか、あるいは正しい空想に沿うように現実を正そうと圧力をかける(実力行使)かのいずれかで、どちらにしても現実が過小評価されてしまうためです。

以上、少々まとまりのない文章になってしまいましたが、重症域の自己愛障害の人がアイドルファンであった場合の特徴について列挙してみました。

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カウンセラー プロフィール

田尻健二
保有資格:
産業カウンセラー
米国NLP協会TM認定NLPマスタープラクティショナー
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